GNPとは、1年間に国民の経済活動によって生産されたもの、つまりは「国民総生産物」のことなのです。ただし、「生産物」に入る「物」とは、形ある品物だけではなく、サービスもふくみます。このGNPという量の性質を理解するのには、つぎの2点が重要です。『(1)生産物でなければGNPのなかに計算しませんが、生産物ならなんでもGNPに入るわけでもない。条件がつきます。「市場で売買されるもの」という条件です。たとえば、家庭で料理をつくっても、市場で売買するのではありませんから、GNPには入らない。しかし、レストランの料理はGNPに入るというようなぐあいです。(2)「生産物」からは「中間生産物」を差し引くという点です。たとえば、日本の産業が鉄鋼業と自動車産業だけだとします。それぞれの産業の生産額を合計したものが、日本のGNPだと言えるでしょうか。そうは言えませんね。だって、自動車の生産額(売上げ額)のなかには、鉄鋼産業から買った鋼板の代金(それはもちろん、鉄鋼産業の生産額です)も入っているはず。このように、それぞれの企業・産業が生産したもののうち、他の企業・産業に原材料として入っていくもののことを「中間生産物」と言うのです』。この中間生産物が二重計算されないように、各生産者の生産額を合算したものから、中間生産物に当たるものを差し引いたものが、GNPとなります。
1990年にソ連で初の大統領に就任したミハイル・ゴルバチョフ氏は、それまでソ連が外向けには包み隠しがちだった経済の問題点を率直に認め、「ペレストロイカ」(改革)に踏み切ることを宣言しました。ゴルバチョフ大統領は改革にあたって、?非能率な管理体制?資源のむだ使い?貧弱な農業生産?国際競争力がないための輸出の不振などの点を指摘しました。ペレストロイカはこれらの問題を制度の抜本的な改革によって克服しようとするものです。改革を進めるには、前提になる考え方を従来と180度変えなければなりません。70年も続いた計画経済システムの基本は、市場での自由な競争を排除することでしたが、ペレストロイカでは市場メカニズムや競争原理の導入が主要なテーマになっています。
ローカル局にとっては災厄以外のなにものでもないデジタル化だが、視点を加えれば、キー局支配からの解放、自立化へのチャンスでもある。米国ではすでにネットワーク(キー局)対ステーション(ローカル局)という対比でいえば、身売りを重ねるネットワークより、経営的旨味はステーション側に傾いたとの指摘もある。米国のローカル局がローカル・ニュースを軸に地域密着型の経営を地道に続けてきたゆえの結果だ。日本の地上波ローカル局も、遅まきながらキー局依存の体制からの脱却を模索しはしめた。同一エリアのNHKと民放がデジタル化に対処しようという試みや、系列を超えた番組制作の共同化などといった、東京(キー局)からの独立、自主防衛の気運が盛り上がりつつある。デジタル化によって、その枠組みを大きく揺さぶられる放送業界の現状を、広告業界は対岸の火事として呑気に見物できる状況ではなくなってきた。